知人の話

今朝の事。
仕事に行くために、駅に向かって急いでいたら、知人とすれ違いました。
もう丸5年も会っていないかった知人です。でも、何かの折に思い出しては「あの人は、今どうしているんだろう・・・」と考えていました。

その人は劇団の女優でした。
以前私はある劇団の手伝いをしていて、そこでその人と知り合いました。個性的で魅力ある役者が集まっていて、大好きな劇団でしたが、5年ほど前に空中分解するようにしてなくなってしまいました。
「芝居を続けていきたい」最後に会った時、その人は私に言いました。それからすぐに劇団はなくなり、役者も方々に散って行ってしまいました。たまには誰かしらの活躍の噂も聞きましたが、その人の消息はわからないままでした。
「もしかしたら芝居はもうやめて、どこかで普通の暮らしをしているのかもしれない」私は勝手にそんな事を考えたりしていました。

そして今朝。すれ違ったその人は、雰囲気も顔立ちも、独特の歩き方に髪型まで、5年前と全く変わらない姿で現れたのでした。私はびっくりし過ぎてその場に立ち尽くしてしまい、声がかけられませんでした。
「彼女は5年前と全く変わらないように見えるけれど、今ここで声をかけても、もう私のことなど思い出せないんじゃないか」などと考えているうちに、その人はすたすたと歩いて行ってしまいました。

でもその後ろ姿を見送っていると、やっぱりその人は女優にしか見えませんでした。バレリーナにも似た独特の歩き方の一歩一歩に、きっぱりとした自信が満ちているようでした。
「今でもどこかで芝居を続けているんだ」そう確信して私は駅へ向かったのでした。